【京都】栄寿庵、西京焼き専門店への道─京都の味を未来へつなぐために
上品な甘やかさの中に凛とした旨味を宿した西京焼き。
香ばしく焼きあがったその一切れには、白味噌が深く染み込み、ふわりと鼻を抜ける香りが心をほどくような、独特の“京都の静けさ”がありました。
そして、この繊細な味わいは、和食の歴史や文化の中に脈々と息づく精神そのものでもあります。
ここでは、栄寿庵のエピソードを交えながら、和食の歩みとユネスコ無形文化遺産に選ばれた理由を辿っていきます。
栄寿庵の西京焼き──甘く、柔らかく、しみじみと「京」を語る味
白味噌を扱う手つきは、あたかも職人が絹を扱うように柔らかく、丁寧。
使用する味噌は、京都の老舗味噌蔵から取り寄せた、熟成の浅い西京白味噌。
塩分が驚くほど控えめで、代わりに米麹が生む自然な甘みが際立ちます。
魚は季節で替わります。
春は鰆、夏は鱸、秋冬には銀鱈や鮭。どれも京都の市場でその日最も状態の良いものを選び抜きます。
「味噌に漬けるのではなく、“味噌に包まれて寝かせる”ように」
焼くときは強火の一気焼きは避け、遠火でじんわりと火を入れる。
白味噌が焦げやすいからこそ、火加減は緊張感すら漂うほど繊細。
焼きあがった身はふっくらとし、箸を入れた瞬間にふわりと広がる香りが、どこか京都の町並みの静けさと共鳴するようでした。
こうした味わいは、和食の歴史と精神とを理解すると、ますます奥行きが増して感じられます。
和食の原点──自然の恵みをそのまま味わった縄文の食卓
和食の源流は、縄文時代の暮らしにあります。
山の幸、海の幸、川の恵み――人々は自然と共に生き、その恵みを土器で煮炊きしていました。
素材そのものを尊び、その味を生かす。
この価値観こそ、現代の和食にも受け継がれ、栄寿庵の西京焼きのように「余計なことをしない」調理哲学へとつながっています。
奈良・平安──食が“文化”へと変わった時代
奈良から平安時代にかけて、日本の食文化は大陸からの影響を受け、技法や儀礼が発展します。
宮中では盛り付けの型が整い、器の選定や配膳の順序が重要視されるようになりました。
料理は「見立て」の文化」へと進化したのです。
栄寿庵では、盛り付ける器にもこだわりがありました。
焼きあがった西京焼きは、季節の草木を描いた京焼の皿にそっと置かれ、彩りは控えめながら、季節の息遣いを感じさせる演出がされていました。
器と料理が響き合う美しさは、まさしく平安の食文化の名残といえるでしょう。
鎌倉──精進料理が生んだ“素材を活かす”思想
鎌倉時代、禅宗の普及とともに広まった精進料理は、和食に「素材と向き合う」姿勢をもたらしました。
余計な味をつけず、旨味を最大限引き出す。
塩や脂に頼らず、素材の声に耳を傾けるような調理法。
白味噌自体も、もとは寺院で重宝された発酵食品。
米麹の甘味が際立つ西京味噌は、動物性の旨味を使えない精進料理の知恵から生まれたと言われています。
桃山から江戸へ──懐石の美意識と、庶民の食の力強さ
茶の湯が盛んになった安土桃山時代には、懐石料理が誕生しました。
ここで「一汁三菜」の考え方や、食の美意識が確立していきます。
栄寿庵の西京焼きは、一見華やかではありませんが、懐石の精神である
「引き算の美」
を体現した一皿でした。
一方で江戸時代に入ると、庶民の食文化が花開き、天ぷら、寿司、蕎麦など多彩な料理が生まれました。
食を楽しむという感覚が日本中に広がり、和食の幅は一気に広がります。
この“庶民の食”の豊かさと、京料理の静かな美の両立こそ、日本の和食文化が深みを持った理由といえるでしょう。
■ 和食の魅力①:素材を生かし、手間を惜しまない技
和食の根幹には、
「素材の個性を尊重する」
という価値観があります。
栄寿庵の西京焼きも、魚を選ぶ目利きから漬け込みの時間管理、火加減の見極めまで、
すべてが素材と向き合う姿勢そのもの。
白味噌は塩気が少ない分、素材の味を引き立てます。
漬け込みは短いと浅く、長いと辛くなる。
数時間違えば味が変わるため、熟練の感覚が必要とされます。
この「手間を惜しまない」という文化は、日本料理全体に流れる精神そのものです。
■ 和食の魅力②:旨味と発酵が生んだ、世界が認めた健康性
和食が世界で注目される理由の一つが「健康性」です。
一汁三菜の構成は無理なく栄養バランスを整え、昆布や鰹節による出汁は脂に頼らず深い味わいを生み出します。
西京焼きが健康的とされるのも、
・発酵食品である味噌の効果
・塩分を抑えた味つけ
・魚の良質な脂とタンパク質
のおかげ。
和食の「旨味文化」と「発酵文化」が織り交ざった、非常に特徴的な料理です。
■ 和食の魅力③:季節を映し、物語を添える美意識
和食は、料理だけではなく
器・盛り付け・あしらい・香り
そのすべてで季節を表現します。
“季節を味わう”という行為は、京都の食の真髄であり、和食文化の最も美しい側面といえるでしょう。
■ ユネスコが和食を無形文化遺産に認めた理由
ユネスコが評価したのは、和食の味だけではありません。
- 四季と自然を尊ぶ
- 発酵や旨味という独自の技法
- 家族や地域の行事と食のつながり
- 健康的で調和ある食生活
- 料理に込められる美意識と精神性
これらはすべて、栄寿庵の一皿にも息づいていました。
西京焼きの香りが静かに訴えかけてくるような「手仕事」と「文化の連続性」こそ、和食が世界に誇る宝なのです。
西京焼きは、京都が受け継いできた“食の物語”そのもの
味噌の甘み、魚の柔らかさ、火加減の妙、盛り付けの静けさ。
その一切は、和食が歩んできた長い歴史と、京都の人々の美意識が生み出した賜物です。
和食は、ただ「美味しい」だけではなく、
自然・季節・人・文化がひとつに結びついた“無形の財産”。
西京焼きの芳醇な香りが静かに伝えていたのは、
「食は、文化であり、歴史であり、人の心である」
ということだったのかもしれません。